終戦の9日前に
2005年8月15日「原爆許すまじ」
ふるさとの街やかれ
身よりの骨うめし焼土(やけつち)に
今は白い花咲く
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
われらの街に
ふるさとの海荒れて
黒き雨喜びの日はなく
今は舟に人もなし
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
われらの海に
ふるさとの空重く
黒き雲今日も大地おおい
今は空に陽もささず
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
われらの空に
はらからのたえまなき
労働にきずきあぐ富と幸
今はすべてついえ去らん
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
世界の上に
【 作曲者名 】中央合唱団 木下航二
【 作詞者名 】南部文化集団 浅田石二
***** ***** ***** *****
甲子園で原爆投下の日に黙祷をささげることを提案した球児たちの思いは届かなかった。15日の終戦記念日の黙祷は、恒例通りささげられた。
一部マスコミが「広島だけのことだから」と運営側が拒否したと、誤報したそうだ。本当に、単なる思い込みの誤報であれば良いが。
戦争に対する意識が年代によって異なるという報道もつい先日あったばかりだ。70代の人たちが「止むを得ない戦争」と認識している率が高かったのに対し、他の世代は「間違った戦争」と認識している人が圧倒的に多かった。
この「止むを得ない戦争」と「間違った戦争」の認識の違いは、ただ単にこの字面から受ける印象だけなのだろうか。
人の「思い」は、人の受けてきた心象により、びっくりするほど異なる。腹が減り、喉が渇き、眠くなり、トイレに行きたくなるという生理的に根源的な欲求・思いはほぼ同一だとしても、そこから派生してくる「怒り」や「憎しみ」や「楽しさ」「嬉しさ」はニュアンスから、時としてその有り方そのものさえ異なる。
私は30代である。恐らく、公的なアンケートの場で問われたら、日本が第二次世界大戦に参戦して、武力で威圧し、時として人を殺害することで勢力を広めていったという国家的行為は「間違っている」と答えたいだろう。
しかし、それは、歴史や現象を本質的に理解した上で「間違っている」と答えるのとは若干ニュアンスが違う。
もし、無記名で、ものすごく時間を与えられて、かつ回答することで私の生活に何の影響も及ぼさないとすれば、いくらでも資料を漁って、何千字も尽くして、様々な側面から、どんな正当性と、どんな非正当性があるかを吟味して回答するだろう。
しかし、現実のアンケートでそんなことに時間をかけすぎることはしたくない。さらに、そのアンケートが無記名であったとしても、何らかの「私が関わった」という証拠が残る状況で、一般的に圧倒的多数かつ、そう答えなければ良識を疑われるだろう回答をするのは、なんとなく後ろ暗い。
ゆえに、私は、70代の人たちが「止むを得ない戦争であった」と考える理由がいくら理解できようが、5段階尺度や選択肢で回答を狭められらたアンケートにこう答える。
「戦争は間違っていた」と。
もしくは、そんな構造的に人の意見や考え方を狭めてしまっているアンケートを拒否する。沈黙という極めて非生産的な手段に出る。
かくして、社会は様々な意識的な/無意識的な制約によって、より深遠なる大きな問題が極めて簡素化されて判断され、処理される。
よって、原爆の日の黙祷は、広島だけのチームによってなされる。
よって、70代以降の戦争という状況を生活上に(いわゆるリアルに)体感していない世代は、戦争が間違っていたと回答する(思っている、信じている、考えている、という行動では決してないが)。
「原爆許すまじ」を聞く。哀愁のこもったメロディに、印象的に空虚な感覚を覚える人も多いだろう。そして、この歌を聴くと”なんとなく”原爆がいけないものと思う。より若い世代になると、このような”汚れた”イメージを髣髴とさせる曲調・歌詞に、恐ろしいほどに研ぎ澄まされた清潔感覚から、生理的に受け付けない印象をもつものもいるかもしれない。もし、その感覚を持ってくれればまだましだろう。全く詞のイメージが想起されず、ただそのメロディーがなんとなく頭を通過して消えていってしまう者も多いだろう(し、それが現代社会という環境の中であれば自然かもしれない)。
詞から、映画のスクリーンを敏感にイメージして欲しい。
「ふるさとの 街 焼かれ」
町ではない。
街が焼かれた。
そう、広島は当時軍需によってであるが、賑やかな”まち”であった。戦争で苦しかったり、いろいろ大変な人生も渦巻いていたけれど、人々が精一杯、生きていた。
そんな、皆で作り上げた”街”だった。
そして、”焼かれた”のである。
”焼けた”のではない。
人為的に、火をつけられ、見るも無残に
”焼け土”になるまで。
焼かれた。
なくなった”身寄り”の骨をそこに埋めた・・・
細かく言えばキリがないので、少し端折るが
「今は舟に人もなし」
広島は三角州で、7つの川が流れる水の都であり
舟は残っているけれどその船の持ち主などは
みな死んでしまったのである
「はらからの 絶え間なき 労働に 築きあぐ 富と幸
今は すべて ついえ去らん」
家族・身寄り・友達と 一生懸命頑張って築き上げてきた
豊かさと幸せが
今
全部
潰され去ってしまった
広島だけのことを歌っているのではない
なぜなら
「世界の上に」
許してはいけないのだから
そう。
昔から、広島の人たちは気付いていた。
「私たちはひどい目にあった。
でも、次がなければいい。
次、世界の空にこれが落ちたら
私たちだけではなく
人類全体が
すべてを失うのだから」
そう
原爆が落とされ
そこがすべて消失し
放射能に焼かれたことは
広島だけのことじゃない
地球の上のことだったのだと
そう皆が
気付いてくれることを祈っているのです
スリーマイルの原発
チェルノブイリの原発
東海村の事故
私達の仲間が
すべてを失わないうちに・・・
ふるさとの街やかれ
身よりの骨うめし焼土(やけつち)に
今は白い花咲く
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
われらの街に
ふるさとの海荒れて
黒き雨喜びの日はなく
今は舟に人もなし
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
われらの海に
ふるさとの空重く
黒き雲今日も大地おおい
今は空に陽もささず
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
われらの空に
はらからのたえまなき
労働にきずきあぐ富と幸
今はすべてついえ去らん
ああ許すまじ原爆を 三度許すまじ原爆を
世界の上に
【 作曲者名 】中央合唱団 木下航二
【 作詞者名 】南部文化集団 浅田石二
***** ***** ***** *****
甲子園で原爆投下の日に黙祷をささげることを提案した球児たちの思いは届かなかった。15日の終戦記念日の黙祷は、恒例通りささげられた。
一部マスコミが「広島だけのことだから」と運営側が拒否したと、誤報したそうだ。本当に、単なる思い込みの誤報であれば良いが。
戦争に対する意識が年代によって異なるという報道もつい先日あったばかりだ。70代の人たちが「止むを得ない戦争」と認識している率が高かったのに対し、他の世代は「間違った戦争」と認識している人が圧倒的に多かった。
この「止むを得ない戦争」と「間違った戦争」の認識の違いは、ただ単にこの字面から受ける印象だけなのだろうか。
人の「思い」は、人の受けてきた心象により、びっくりするほど異なる。腹が減り、喉が渇き、眠くなり、トイレに行きたくなるという生理的に根源的な欲求・思いはほぼ同一だとしても、そこから派生してくる「怒り」や「憎しみ」や「楽しさ」「嬉しさ」はニュアンスから、時としてその有り方そのものさえ異なる。
私は30代である。恐らく、公的なアンケートの場で問われたら、日本が第二次世界大戦に参戦して、武力で威圧し、時として人を殺害することで勢力を広めていったという国家的行為は「間違っている」と答えたいだろう。
しかし、それは、歴史や現象を本質的に理解した上で「間違っている」と答えるのとは若干ニュアンスが違う。
もし、無記名で、ものすごく時間を与えられて、かつ回答することで私の生活に何の影響も及ぼさないとすれば、いくらでも資料を漁って、何千字も尽くして、様々な側面から、どんな正当性と、どんな非正当性があるかを吟味して回答するだろう。
しかし、現実のアンケートでそんなことに時間をかけすぎることはしたくない。さらに、そのアンケートが無記名であったとしても、何らかの「私が関わった」という証拠が残る状況で、一般的に圧倒的多数かつ、そう答えなければ良識を疑われるだろう回答をするのは、なんとなく後ろ暗い。
ゆえに、私は、70代の人たちが「止むを得ない戦争であった」と考える理由がいくら理解できようが、5段階尺度や選択肢で回答を狭められらたアンケートにこう答える。
「戦争は間違っていた」と。
もしくは、そんな構造的に人の意見や考え方を狭めてしまっているアンケートを拒否する。沈黙という極めて非生産的な手段に出る。
かくして、社会は様々な意識的な/無意識的な制約によって、より深遠なる大きな問題が極めて簡素化されて判断され、処理される。
よって、原爆の日の黙祷は、広島だけのチームによってなされる。
よって、70代以降の戦争という状況を生活上に(いわゆるリアルに)体感していない世代は、戦争が間違っていたと回答する(思っている、信じている、考えている、という行動では決してないが)。
「原爆許すまじ」を聞く。哀愁のこもったメロディに、印象的に空虚な感覚を覚える人も多いだろう。そして、この歌を聴くと”なんとなく”原爆がいけないものと思う。より若い世代になると、このような”汚れた”イメージを髣髴とさせる曲調・歌詞に、恐ろしいほどに研ぎ澄まされた清潔感覚から、生理的に受け付けない印象をもつものもいるかもしれない。もし、その感覚を持ってくれればまだましだろう。全く詞のイメージが想起されず、ただそのメロディーがなんとなく頭を通過して消えていってしまう者も多いだろう(し、それが現代社会という環境の中であれば自然かもしれない)。
詞から、映画のスクリーンを敏感にイメージして欲しい。
「ふるさとの 街 焼かれ」
町ではない。
街が焼かれた。
そう、広島は当時軍需によってであるが、賑やかな”まち”であった。戦争で苦しかったり、いろいろ大変な人生も渦巻いていたけれど、人々が精一杯、生きていた。
そんな、皆で作り上げた”街”だった。
そして、”焼かれた”のである。
”焼けた”のではない。
人為的に、火をつけられ、見るも無残に
”焼け土”になるまで。
焼かれた。
なくなった”身寄り”の骨をそこに埋めた・・・
細かく言えばキリがないので、少し端折るが
「今は舟に人もなし」
広島は三角州で、7つの川が流れる水の都であり
舟は残っているけれどその船の持ち主などは
みな死んでしまったのである
「はらからの 絶え間なき 労働に 築きあぐ 富と幸
今は すべて ついえ去らん」
家族・身寄り・友達と 一生懸命頑張って築き上げてきた
豊かさと幸せが
今
全部
潰され去ってしまった
広島だけのことを歌っているのではない
なぜなら
「世界の上に」
許してはいけないのだから
そう。
昔から、広島の人たちは気付いていた。
「私たちはひどい目にあった。
でも、次がなければいい。
次、世界の空にこれが落ちたら
私たちだけではなく
人類全体が
すべてを失うのだから」
そう
原爆が落とされ
そこがすべて消失し
放射能に焼かれたことは
広島だけのことじゃない
地球の上のことだったのだと
そう皆が
気付いてくれることを祈っているのです
スリーマイルの原発
チェルノブイリの原発
東海村の事故
私達の仲間が
すべてを失わないうちに・・・
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